Science Fiction and Fantasy Writers of Japan

last modified: 2005/09/13
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新人賞受賞作家エッセイ


「STYLE」

三雲岳斗

いきなり低俗な主題で申し訳ないが、最近『カッコいい』ということについてよく考える。

まあ、なんと言うか、私生活のカッコ悪い作家がカッコいい小説を書く、というのはやはりどこか無理があるわけですよ。 生身の女子と接触のない男の子が(あー……コンビニのバイト店員さんがお釣りを手渡ししてくれた、というのは接触のうちに入りませんよ)、いびつな女性キャラを妄想しているのと同じ種類の虚しさを感じてしまうわけです。 真にカッコいい大人の作家であれば、おちゃらけたエッセイやバカSFを書いていても、作者の内面的なカッコよさというものが文体に滲み出てくるはず。 おそらく名作というのはそうやって生み出されるものではないのかなあ、とか。 そういうことを真面目に考えている時点でかなりカッコ悪い人間の発想なんですけど。

しかし『カッコいい』という概念は極めて相対的なもので、実現には困難がつきまといます。 私の場合もひ弱な肉体を鍛え直すべくスポーツジムに通ったり、知的な語彙を増やすべく哲学書を読んだりもしましたが、そういうのが無駄とは言わないまでも、それだけではなにか基本が抜け落ちている感じですなあ。 多少腕に筋肉がついたところで、マッチョな文体が書けるようになるかというとそんなことはないですし。

そう、文体。
作家の場合の『カッコよさ』というのがなにかといえば、実は、その人なりの文体を身につけているかどうか、ということだと思います。 スタイルや型などと言い換えてもいいですが、要は独自の世界観をどれだけ確立できるかということですよ。 自分のスタイルを持った人間が全員カッコいいのかというと勿論そんなことはないのですが、少なくとも立ち位置がはっきりしないことには、周りの人たちも褒めようがないのです。

それでは果たして、どうすれば自分のスタイルは確立できるのか。
そういうことを考えていると、沖縄古伝空手心道流の宇城憲治師範が、板垣恵介氏との対談の中で「自分のバックボーンとして武道がある、ということを伝えると相手は自分に強い興味を抱いてくれた(だから外国人とのコミュニケーションに苦労しなかった)」という趣旨のことを仰っていたのを思い出します。 つまり人は相手の根底にある思想や哲学によって他人を判断する、ということです。 これは大きなヒントですよ。

そんなわけでありきたりの結論ですが、やはり普遍的なカッコよさの条件は、人生のバックボーンとなるなにかがある、ということだといえましょう。 武道でなくても自然科学でも趣味関係でもいいのですが、その分野を極めることで、独自の思想や哲学が身について、それが真の「カッコいい大人」ということなのではないかなあと思います。
そしてそういうバックボーンと無縁な私が「カッコいい大人」に至る道は遠く険しいなあ、ということで冒頭の一文に戻ります。 あの……もしほかに手っ取り早く「カッコいい大人」になる方法をご存じの方がいたらご教授ください。 ぜひ。
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